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2010年11月20日 (土)

住宅の寿命について

 日本の住宅は26年しか持たないと言われます。26年というとあっという間に過ぎ去る年数ですが、本当にそうでしょうか。

 以前に林業クラブという林業家の集まりに呼ばれて話をしたことがあります。林業家という木材業界の根幹を維持している方々に木材流通の末端でバタバタしている私が何を話して良いのか解らなかったので、ネタを求めてインターネット上を検索しまくりました。キーワードは当然「木材」ですが、林業家に林業の話など有り得ず、製材の世界の話は彼らの売り先ですからこれも除外。「木材」を間において近くて遠い接点を探しているうちに、当然の如く私の売り先である工務店がそのまた商品としている「住宅」についてと相成りました。

 これなら少々外したことを言っても大丈夫と思い、すこし視点を変えて「木材は住宅にどのように使われているか」に絞って幾つもの資料から「木はもう主導権を握れない。ですから林業も衰退するでしょう。」と今思えば何とも荒っぽい結論を導き出し卓話しました。話し終わったら暫し目の前の沈黙に逃げ出そうかと思ったぐらいです。質問で「どうすれば良いと考えてますか」と聞かれたので「一億円頂ければ何とかしましょう」と失笑を買ってしまいました。

 それはともかく、ネタ探しの中でいろいろ発見したことがあり、日本の住宅は26年しか持たない、ということが神話というか、少々曲がって伝えられていることもその一つです。

 実は住宅がどれだけ持つかというデータがあって、平成に入っ間もない頃ですら40年は十分に住める状態にある事実を時系列に数字化していました。柱が三寸角が主流の昭和30年代の住宅でも26年という寿命はありませんでした。まあ家がどのような状態であっても住むことは可能という訳で、住宅の寿命は次第に長くなっています。ひょっとしたら現在の家の寿命をスーパーパソコンで予測するとあっさり50年、60年は持つとの予測が成立するかもしれません。

 いや逆に合理化されすぎて短くなってしまっているという結果が導かれるかも知れません。いずれにしても26年はあり得ない。

 では何故か、物事は簡単に考えれば解決します。複雑に考えなくても生活様式が短い時間間隔で変化しているという事実から住宅の寿命は26年と考えれば問題解決。福島通夫はその著書で「誰の教育を受けたのか」という切り口で生まれによって生き方が違うと言う通説を排除しました。その上で受けた教育によって考え方が変わってくるというDNAを信じ切っている方々に批判されそうな結論を出しています。私もこれに賛成で、住宅もパッケージ化された今風の考えに流されやすく、その生活年数が26年と単純化すれば解りやすい。

 言いかえれば住宅は26年サイクルで見てはいけないよ、ということにもつながります。ユーザー(お施主様)がその時の状態だけで満足を求めることなく、建築の方法は品質・安全性がほぼ満足できるところまで法令化されているので、ユーザーの生き方を加味した家づくりを求めると、言葉だけの一生の買い物が本当に一生の買い物となると思います。

 昨日、少し早い木材組合の忘年会で、60歳を目前にした先輩が「夫婦二人で客間で寝ているよ。二階は全て物置と言っていたことがすごく耳の残っています。

 木の家ネットワークのモデルハウス「こうち里山の家」も様々な紆余曲折もって図面が完成されましたが、自由に変化出来る家作りであることにもかなり配慮しました。どれだけそのことが来場者の方々に理解されるかは、もちろん対応する私たち自身の問題です。

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夜のショールーム

山村でした。

 

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